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May 31, 2008

原付ご当地ナンバー

朝、社内バスのラジオから流れてきたニュース。

長野県の上田市で、なにやら面白い原付バイクナンバーを発行するらしい。

戦国武将、真田家にちなんだナンバーで、六文銭と真田城をイメージしたとか。

一体どんなナンバーなんだ?すげー気になりましたよ。

ナンバープレートがお城の形してて、六文銭が描かれている?

う~む、謎だ!

と思ったら、こんなんでました。

ちょっと期待はずれ、もっと派手にやってほしかったぜ!

Rokumonsen_2

せめてこのくらいはやってほしい

Ueda

六文銭は三途の川の渡し賃。

事故って他界する場合、お金に困らぬようにとの
優しい配慮も見え隠れしますね。

信州 上田市 マンセ~

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May 26, 2008

GT125

Gt12501

韓国のバイクメーカー HYOSUNG が面白いのを出しましたね。

GT125、V型2気筒エンジンは油冷だそうです。
やはりSUZUKIの技術が注入されていますね。

型式までGTシリーズをいただいちゃってますよ。
当時、GT380やGT550、GT750、そしてGT250やGT185、
GT125やGT100だって有ったし。

次はあの、【ラムエアーシステム】を採用してもらいましょう。

ガソリンタンクには【COMET】の文字。
そうですか、コードネームは【コメットさん】!
昔いましたねコメットさん、九重ゆみこさんでしたか(古い話ですけど)。

これを買ったら、
「みんなぁ、俺のこと、これからは 【黄色い流れ星】 と呼んでくれ!」
という事になりそうです。

※ コメットって、彗星のほうでしたね、間違えちゃったよ。
   そうすると 【黄色い彗星】 または 【黄色いほうき星】 って事になりますか。
   ちなみに、流れ星は 『shooting star』 だそうです。

昔、シートに座らないで何百kmも走ることにこだわっていた
【京都 青い流れ星】 なんて奴がいたのを覚えています。
まあバイク乗りには変な奴が多いから、気にもしませんが(笑)

 ※ 間違えました、【青い星】でした。みんな、すまん(なんだか間違いが多いぞ!)。


ちなみに気になるお値段は、レッドバロンで41万8950円だって。

HONDAのVTみたいなものですが、125でVツインとはなんともゴージャスな!
それでもバラデロ125の70万円から比べたら安いものですか。
OFF車仕様の VーStrom125として出したら売れるか?

私なら、遊びで1台買ってもいいと思ってます。

Gt12505

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May 23, 2008

雨後のバイク屋

最近気になるのが歯医者とバイク屋が増えているって事。

通勤経路には次々とそれらの店舗が新たに進出している。

歯科医って言うのは開業しやすいのか?
儲かるのか?
他の医者に比べたら簡単?

まあ削って埋めるだけ?抜くだけ?
訳のわからん病気の患者を診るより気は楽だろう。
歯の救急患者なんてめったにいないだろうし。
それでもって儲かるなら言う事無だな。

それじゃー、バイク屋が増えているのは何なんだ?
バイク屋にもいろいろ有って、老舗の店から大手チェーンなどなど。

最近増えているのは中古車を扱う、上野のバイク屋街に有ったような店だ。
そうか!上野の中古車バイク街が没落してみんな地方に分散!?

いま、世の中はガソリン高騰、燃費のいいバイクに需要が増えた?
我が社の駐輪場もバイクが増えちゃって、
2直で出勤したら留めるスペースも少ない。
昔はガラガラにすいていたのに、困ったことです。

中でもスクーター!原付から大型まで、増えましたね。

バイク乗りが増えたって言っても、あいつらは【真のモーターサイクリスト】じゃない。
なぜなら、ツーリングに行かないから。

【真のモーターサイクリスト】なら、野宿ツーリングに行かねばならない。
ソースカツどんを食べるためだけに信州に行かねばならない。
コーヒー一杯飲むために神戸まで行ったり。

とまあ、あれこれ口実を付けてはバイクに乗るのが

【真のモーターサイクリスト】

なのであって。

「ガソリンも高いし、こんどは原付で通勤するかぁ」

そういう人はお断りです。

「新車は高いし、もったいないから中古でいいや」
それで中古バイク市場が一気にブレーク!そういうことかな。

通勤経路には
YSP川崎中央、M,s、SUZUKIワールド京浜、ラフ&ロード川崎店、レッドバロン、
そして我等が栗山林業、その他、老舗から駆け出しの中古車屋まで、
沢山のバイク屋があります。

各店舗にはバイクがあふれています。
バイクをしまうところが無くて、出しっぱなしで帰っちゃう店も有ります。

昔、【ファントム】ってバイク屋が北加瀬にあったんですよ。
店の前を通るといつも、店の中は常連さんらしき若者達が楽しそうでした。
あの店、いつの間にかなくなっちゃったけど、どこかへ移転したのでしょうか?
それとも廃業?

若かりし頃から出入りしていた産業道路にあった【オートショップコジマ】。
オーナーが変わって店の名前も変ったけどしばらくお世話になっていた。
でも結局うまくいかなくて自己破産しちゃった。

顔見知りだっただけに、あれは気の毒だったな。
ゼファー1100を半年間、修理で預りっ放しにされたけど、気の毒で恨む事もなかった。

最後に聞いた言葉

「あめちゃんには損ばっかりだったよ」

恨み節とも取れるその言葉。

結局人がいいから、サービスしすぎたんだよ。
下取りも高く引き取ってくれたし。
修理代も安かったし。

今行っている店なんか、Hさんもびっくりするくらい高いですから。
それでも 「安くしておきました」 だってさ!

高くたっていいんだよ、ちゃんとやってくれたらそれに対するお金はちゃんと払う。
安くする必要なんか無いのに。

あの店、結局 【損して得取る】まえに潰れてしまった。

バイク屋さんとのかかわり、いろいろ有ります。


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May 14, 2008

光輪

光輪モータースが倒産したみたいですね。
何気なく検索したら、そんな情報にヒットしました。
上野のバイク街で羽振りのよさそうだったあのお店がねえ。
『オートバイ』とか、バイク雑誌にも社長自ら登場していたものだった、若林社長。

なにをかくそう、川崎に出て来て、初めてバイクを買ったのが上野の光輪さんだった。
あのころは光輪グループのバイク屋がいっぱいあったからね、上野の中古車街。

昭和54年4月、買ったのがRD400だった。
なにしろタマ数は多かったから、程度のいいのが見つかったものでした。
当時はまだ認可されていなかったキャスティングホイールや何やかや、
いろいろ改造して楽しんだバイクだった。

鶴見に住んでたんで、第2京浜の横浜ライニング部品商会なんてのもあって、
改造部品を探してはよく行ったものだった。

そのうち改造もきりがないのに気が付いて、買い換えることにした。
残債も残っていたので、相殺する形で下取りにして、新車のXL250Sを買ったのだ。
そんなわけで、しばらくは月に一度、光輪へ月賦を払いに行ったものだった。

当時は山梨から出てきたばっかりで、バイク仲間なんていなかったから。
月に一度上野に行くのが楽しみでもあった。
昭和通をRDでぶっ飛ばしたものだった。

それからしばらくして限定解除してCB750FZを買った。
買ったのは川崎の平間の『小島輪業社』さんだ。
限定カラーの赤いCBに一目ぼれだったぜ(笑)

その後CBが盗まれて、また上野にいったんだ、何か無いかなって。
そこで出会ってしまったのがW1だった。
これは光輪じゃなくって『親和モータース』さんだった。

「お宅は光輪グループなんですか?」
そんなことを聞いたら、バイク屋のオヤジは怒った!
「あんなヤクザと一緒にするな!」って。

ほこりは被っていたけれど程度のいい物件だった。
その場で決めちゃった、XL250Sを下取りにして。
親和のオヤジは親切だった、いろいろ面倒を見てくれた。

今でもやっているのか『親和モータース』、アレからもう30年近くたったが。
あのオヤジももう死んだかもしれないな。

あのころ、上野でいろんなバイクを見るのが楽しかったものだった。
光輪の倒産記事を見て、あのころが懐かしくよみがえった。

嗚呼、昭和は遠くなりにけり


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May 13, 2008

1980年

20080513b
ノシャップ岬といえば1980年にも行ったんだったっけなぁ。
昭和55年8月のノシャップ岬。
さすがにカンバンも文字も、しっかりしてるぜ(笑)

この年の4月にCBを買って、限定解除したのが6月。
その勢いで8月の北海道を、新車のCBでツーリングしたのだ。

前の晩は稚内駅の軒先で駅宿した。
当時は駅で寝るライダーもけっこういたんだ。
20080513c

駅で寝たりバス停で寝たり橋の下で寝たり................。
どこでも寝袋一つで夜露をしのいだものだった。

雨が降ったって野宿だったからな、気合が入ってたな、この頃の俺。


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May 12, 2008

1984年

20080512a
1984年(昭和59年)、KAWASAKI党員だった頃。
乗っているバイクはW1Sでも、W1SAでも、W3でもない。
W1だ!

タイヤが白いのは、旧車によく履かせている白いラインのタイヤではなく、
当時まだ一部ダートロードだった 『サロベツロード』 を走ったせいなのだ。

最北の街、稚内。

その街外れにあるのが 【ノシャップ岬】 だ。

 ※よく間違うのが【納沙布岬】 こちらは根室の端っこ

ノシャップ岬は稚内の街から近いので、さほどの 【最果て感】 は無い。
水族館や灯台やお土産やさんなどなど、明るい雰囲気の岬なのだ。

でも水族館にはめったにお客さんなど来ない。
広い館内に自分だけだ。

  めったに来ないお客さんが来たもんだから、アシカも喜んでいる。
  さっきまでソファーで寝ていたアシカショーの係りの人も俄然やる気を出してきた!
  私一人のためにアシカショーの始まりだ
  (なんか申し訳ない気持ちになる、来ちゃってゴメン)。
   ※旅人仲間 ヒグチ語録より抜粋

防波堤も無い岸壁に、ぽつんとカンバンがあるだけのノシャップ岬だった

岸壁に腰掛けて、遠浅の海のその向こうに沈む夕日を眺めていた

観光客も誰もいないノシャップ岬

最北の静寂に包まれて私は居る

ヤハリ タビハ イイナ

しみじみ思う瞬間だ。
つぶれかけた水族館の将来を悩む事も無く、
誰も来ないお土産屋さんの今後の経営方針について苦心することもない。

ただ、あっちから来てこっちへ流れていくだけだから。
日常から脱却して、しばしの旅三昧、明日をのみ思い煩う。
子供の学費やミルク代に四苦八苦する事も忘れて。

楽しい、凄く楽しい

さあ、そろそろキャンプ場に帰るとするか。
隣のテントのキャンパーが焼肉やビールの準備をして待っているかもしれない。
見知らぬ同士だがツーリングライダー同志!話は合う。

1984年(昭和59年) 8月 旅の刹那

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May 10, 2008

蝦夷富士の風景

20080510a
RJさんのブログ、羊蹄山がいい感じですね~。
またあの道を私も走ってみたいです。

何回か行ってみたんですけど、いつも曇ったりしてダメでした。
「まあ、また来るさ」そう思ってあきらめたものでした。

このときが一番よく見えたな、1984年夏。
W1でバリバリと北海道を回っていました。

私のはいまから約24年前。
あれ?近いね、年代や場所!RJさんの写真と!
季節は違うけどねえ。

見比べてみると面白いですね、感動の風景。
あれは「25歳の夏」の日だったな~。

この日は岩内雷電海岸キャンプ場だったかな、泊まりは。
海に沈む夕日をバックにW1の写真を撮ったものだったな。
今はただ、アルバムを開いて昔を懐かしむだけです。

「まあ、また行くさ」そうつぶやきながら。

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May 04, 2008

またまた昔話

20080504b
たらしさん、佐渡に行ったそうですね。
俺が最後に行ったのが1996年8月、
アレからもう12年かぁ(こればっかり)。
夏の海水浴に、毎年よく行ってました。

両津の佐渡汽船乗り場でのんびりしていると、
佐渡わかめの押し売りおばさんが、
「これをお土産に買っていきなさい」と声をかけてくるんだ。

美味しいよ、佐渡ワカメ!
でも、買っても自分じゃ作れないからなあ、味噌汁等。

佐渡にもいろんな想い出が有るが、まだやってみたい事がある。
佐渡の山上、ドンデン高原のキャンプ場で、あの【佐渡に横たう天の川】を
ぜひ見てみたい。

バイクじゃいけないところだからまだ行ってないんだ、ドンデンキャンプ場。

ドンデン高原の国民宿舎でもいいや。
あそこに泊まって、夜、星を眺めていたいものだ。
行くなら秋だな、満天の星空を求めて。

たとえば金曜日の夜、川崎を出発し関越自動車道をイッキ走行。
土曜日の朝1番の新潟発両津行きカーフェリーに乗ってしまえば3時間は眠れる。
そして土曜日の午前中には、もう佐渡に上陸しているのだ。

その日にドンデン山で泊まって、次の日の1番のフェリーで帰る。
そしたら日曜日の夕方には、もう川崎だから。

せっかく行くんだったらもう1日くらい休んでゆっくりするもよし。
2泊3日でいかが、佐渡星空観望会!
Nikonの7X50の双眼鏡も持っていこう。

どうですか皆さん、この計画。


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