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January 26, 2007

20070126a
食器のなかった我が家にも、セブンイレブンのおかげで
大分食器が充実してきた。以前はお客さんが来ても、
キャンプ用の【金の茶碗に金の箸】で対応していたが

♪いやじゃありませんかぐんたいは♪
「これではいかん」と思いつつ、もう10年が経過してしまった。

その間、旅先で気に入った焼き物少々。
いずれもビールを美味しく飲むための器ばかり。
ツーリングバックの片隅に大切にしまって持ち帰ったものだった。

20070126c
コレは北海道美幌の美幌窯の逸品。
オホーツクの海を思わせる深い蒼が気に入って買ったものだ。


20070126b
北九州の兄弟からは、時々【上野焼き】の食器が贈られてくる。
手作りの焼き物ってのは誠に味わい深いものだなあ。
あいつは良いヤツだぜ、俺にものをくれる。

毎日セブンイレブンの惣菜や弁当で暮らしている俺だが、
たまには器にも凝ってみるか...........

いや、洗うのが面倒だからやめておこう、ガラでもない。

キッチンの収納も、使わない無駄なものばかりが場所をとっている。
いつかこれらを整理しなければならぬときが来る。
そのときは思い切って処分しなければならんな。

いつか俺も、フリーマーケットでもやるか。
フリー(只、無料、持ってけ泥棒)なマーケット。


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January 13, 2007

メイドの掃除屋さん

20070113a

今日は有給休暇でお休みです。
有給休暇も近頃は使いきれなくて余っちゃう。

余った分は、年間5日までは救済で特別休暇として
積み立てできる。その特別休暇は、めったな事では
使えないのが難点だが。

今年度は、年度末までに月1日の有給休暇と
1日づつの個別週休をとればOKだ。

しかし休んだら誰かが変わりに勤務しなければならない
のがとっても心苦しい事だ。でも変わりに出勤した人は
丸々残業になるから、少しは給料も増えて助かるか?

で、今日もひまにまかせて昼間っからビールを呑みながら
TVなど見ていたら面白い番組があった。

プロの掃除屋さんの紹介番組だ。

興味があったのが、メイドさんが出張でお部屋を掃除してくれるサービス。
「ご主人様!何なりと掃除をもうしつけください」ってか。
メイド2人組が何かとかいがいしく働いて、食事まで作ってくれる。
いいな~、あれ、我が家にも来て欲しいよ(笑)

もう一つ、こっちは【人生の後片付け】だ。
最近はお年寄りの一人暮らしが多いらしい。
もうお分かりだろうが、一人暮らしでお亡くなりになったあと、
近所の方などが異臭に気づいて発見されるパターンが多い。

孤独死してから発見されるまで、何日も経ってしまい
なんともいえぬ状況の中、後片付けをするのだそうだ。
夏場など、1日1~2件はあるという。

こんな事書いたら不謹慎だが、こっちは【冥土の掃除屋さん】だ。
フローリングの床に、人型の染みが残っている。
室内の脱臭には、強力なイオン脱臭装置を設置しても
半月以上かかるそうだ。

私もああなる前になんとかしてもらいたいものだ。

それで、常々、会社では
「俺が無断欠勤したら、そのときはもうダメだと思ってくれ」って
みんなに吹いて回っていますから。

バイク仲間のS君もそうだったな。
病気で、クスリをご飯代わりみたいに飲んでた彼。
アパートの一室でひっそり亡くなっていた。

小龍女に言わせれば

「何が悲しいのですか?」
「人はいつか死ぬもの、たいしたことではありません」

そ~いわれてもな~

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January 06, 2007

続)正月の想い出

どんな体勢で落下したか、まったく覚えていないが意識はある。

(早く立ち上がらなきゃ)

そう思って立ち上がろうとしたとき

(あれ?足が.............)

立ち上がりかけて、またばったり倒れた。


その様子を遠くから見ていたけんじは、後に俺に言った。

「あの時はすげ~、かっこよかったぞ~」
「まるで映画を見ているみたいだった」

そう、悪役がボロボロにやられて、それでも最後に立ち上がりかけて、
そしてばったり倒れて死ぬ、そんなシーンだったのだ。


一体どうしたというのだ、俺。
左足のすねが変に曲がって立ち上がれなかった。
即座に状況が理解できた、下腿骨を完全に骨折してしまったのだ。

すねの部分から変に曲がってしまった足を、手で元通りにしてみたところで無駄だった。
足のつま先は横を向いたまま、二度とまっすぐにはならなかった。

時間が少しずつ流れてゆく。
状況が判って来るにつれて、足に痛みが襲ってきた。

(あ~あ、やっちゃった............)

心の中は妙に冷静だ。

(添え木になるものが必要だな、誰かに持ってきてもらうか)
(縛るものもなきゃだめだな)

そう考えて、ひさおちゃんを探す。
体を動かすと激痛が走るから、頭と目だけを動かして。

少し先に、バイクとひさおちゃんが倒れている。
うずくまって苦しそうに。
顔面を打撲して、ショックで目が見えないみたいだ。

そのうちみつをやけんじも坂を下りてきた。
みんな心配そうに倒れた私を覗き込んで呆然としている。
幸い、ひさおちゃんの目は一時的なもので、視力は戻ってきたようだった。

気丈に、「足の骨が折れちゃったよ」

みんなにそういって、家に連絡してもらう。

(また親に心配を掛けちゃったな..........)

実は私は年末にも、あわやトラックと自転車で正面衝突しかねない事故を
起こしていたのだ。カーブミラーで対向車はいないと思って、思いっきり
コーナリングで突っ込んでいったらそこにはトラックが走ってきていたのだった。
朝日が反射して車に気がつかなかったのだ。
そのときは、あたまをざっくり切って朝から血だらけになったものだったが
大した事はない。包帯は巻いていたが、そのときの傷はもうふさがっていた。


新年の1月の2日から、冬の畑のど真ん中に倒れている私。
とっても寒いし、とっても痛い、なんともおバカなヤツだ。

辺りはだんだん暗くなり、ますます冷え込んできた。
そんな状況がとっても長い時間に感じられたものだった。

やがて両親が車で駆けつけた。
遠くから、畑の真ん中でピクリも動かぬ私を見て、泣き崩れる母。

(大丈夫だよ、足が折れただけさ、なかなくていい)

みんなに抱えられて車に運ばれる。
バンなので後部席を倒せば横になれた。
車が揺れるたび、激痛が走るが仕方ない。
まさに自業自得というヤツだ。

車は村の診療所に行ってみたがダメ、骨折がひどくて処置できないといわれる。
そこから韮崎の韮崎外科を紹介してもらい車は走る。

ようやく韮崎外科に到着し、まずはレントゲンだ。
畑に落ちたから服は土だらけ。
「汚れててすみません」と謝る母。

「大丈夫、服が汚れてても死ぬ人はいませんよ」

看護婦さんの言葉がなんとも心強く感じたのは気のせいだったか。
患者に心配をかけないよう気を配っているんだね。

眉間にしわを寄せた表情で、
「わ~!こりゃひどい。コッチの足はもうダメだね」

そんなこと言った日にはもう、患者はショックを起こしてシンじゃうよ。
只でさえ痛くてたまらないんだからな。


という訳で新年早々、めでたくも無事、緊急入院と相成りました。


その後の、悲喜こもごもの入院話や、仲間のその後の災難については

またあとで。


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正月の想い出

ZEPSの森本君から年賀状をいただいた。
正月休みでボルトを抜くんだって。
9ヶ月間、もはや体の一部になりかかっていたボルト。
ようやく生身の体を取り戻したんだね、おめでとう。

骨折といえば、わが人生の中にも屈指の想い出がある。

あれは昭和50年、1975年の正月の事だった。
(昭和に25足せば西暦だったから簡単変換)
当時私たちは中学2年生、正月休み真っ只中。

当時の実原地区には子どもがいっぱい(今に比べたら)いた。
近所(といっても遠く感じたが)の同級生の「みつを」や「けんじ」と、
一つ年上の「ひさおちゃん」達とよく遊んでいた。

冬休みで暇な俺達は1月2日、ある計画を実行した。
精進ヶ滝林道を走って滝を見に行こうというわけだ。
それもバイクで!(中学生なのに)。

みんなそれまでは時々こっそりと、公民館前の直線でこぼこ道を
乗り回していただけだったが、だんだんと大胆になったのだ。

まあ車もめったに走らない、田舎の山奥の畑の中の道だし
公道なんていったら笑われるような場所だった。

ひさおちゃんはビジネスバイク、みつをはホンダのSL90、けんじはカブだったか。
私はひさおちゃんの後ろに乗っけてもらっていざ出発。

自転車ではよく走った(というより押して歩いた)精進ヶ滝林道だ。
帰り道の急な林道で過熱した後輪のバンドブレーキ。
公民館の水道で、そこに水を掛けると「ジュ~」とすごい勢いで
水蒸気がはじけるのが美しかった(笑)。

しかしバイクで走るその道はぜんぜん違って、楽で面白かった。
なんといってもペダルを漕がなくっても進むんだから。

今ではすっかり舗装されてしまった精進ヶ滝林道。
(何であんなところを舗装しなければならないのか、金の無駄)
見返り峠から滝方面を眺めると、とんでもなく高いところに立派な橋が
かかっているのに気がつくだろう。

昔は林道が分岐してその橋までいけたのだが、今では廃道化して
分岐もわからなくなっている。
橋の上からは八ヶ岳方面がよく見えたものだった。

しかしあんなすごい場所にあれだけの橋梁をよく作ったものだ。
それも昭和40年代に。

あの道が続けば、精進ヶ滝の上にいけるはずだった。

聞いた話では【先の副総裁】の土建屋が強引に作ったとか..........。
まあ、めったな事は言うまい、口は禍の元だ。

閑話休題

私達はそんな新春の精進ヶ滝林道を堪能して帰途に着く。
【行きはよいよい帰りは恐い】恐いながらも帰らねばならぬ。

凍結や積雪の林道下り坂。
なんとか無事に斉藤さんの牧草地の上まで帰ってきた。
もうみんな疲れちゃったので近道で行こう。

林道から一直線に林の斜面を駆け下りる道があった。
(今ではもう藪にまみれて当時の面影も無いが)

そこを一気に駆け下る我等。
先頭はひさおちゃんと私の二人乗りだ。

その道は下りきったところがT字路になっている。
2人乗りで勢いがつきすぎたバイクは止まれない・曲がれない。
道路を突っ切って畑の斜面を大ジャンプ!

奇跡的に着地成功!
私はもう生きた心地がしなかった(恐わ~)。

コレに気をよくしたひさおちゃん、「もう一回やるか」。
こんどはためらいが無い、飛ぶ気だ。
恐いけれど面白そうなので、私も付き合った。

遅れてきたけんじやみつをも、やっと坂を下ってきたところだ。
そして2回目に私達が見事に飛ぶところを、一部始終見てしまったのだ。

今考えてもバカだった。
只でさえ急な坂道をさらに加速して、畑の土手をスーパークロスのジャンプ台
のようにぶっ飛んだ(ビジネスバイクの2人乗りで)。

一体何メートル飛んだのか?
空中でバランスを崩したバイクは前輪から降下を開始、私達は大地に叩きつけられた。


腹が減ったのでこの辺で休憩。

続く。

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